「風雪のビヴァーク」/松濤明

 新編・風雪のビヴァーク (yama‐kei classics)
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 若くして北アルプスで遭難死した昭和初期の登山家の著作集。
 死を覚悟して記した冷静な遺書が有名であるようだ。そのことで知られるようになってしまったが、実際優れた先鋭的登山家であった、ということを遺稿から描き出そう、ということらしい。
 本文は淡々とした山行記録。遭難に至る山行についても、ドラマチックな演出は皆無で、本人の手帳からの手記のみ。したがって、「そういう結末を迎える人が書いたものだ」という事実を意識して、改めて読み直さないと、本質に迫ることはできないように思う。
 山行記録についても、文章で解説は付いているが、初読者向けに分かりやすい地図などが併載されているわけではない。あくまで、本人が会報に寄稿した原稿の再録である。
 

「ハッカーと画家」/Paul Graham+川合史朗

 ハッカーと画家 コンピュータ時代の創造者たち
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 副題「コンピュータ時代の創造者たち」。凄腕プログラマ兼ベンチャービジネスの成功者である著者による、エッセイ集。
 自由について、創造力について、技術力の優位性について、など。著者が自身を「楽天家」と認めているように、例えば、規制を減らして市場原理に任せれば最も良い結果が残る、というような主張を、留保条件なしで明快に述べる。とってもアメリカンな感じだ。
 日本語版は2004年刊行だから、もう一昔以上前だけれど、優れた見解は色褪せない。
 

「ミニヤコンカ奇跡の生還」/松田宏也

 ミニヤコンカ奇跡の生還 (ヤマケイ文庫)
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 中国・四川省の山に挑み、遭難した若者自身の著書。
 アタッカー二人のうち一人は撤退下山中にたおれ、キャンプ地まで必死の思いでたどり着いた著者自身も、凍傷その他で重症・瀕死の状態だったという。体重が30kg台まで落ちていたというから、まさに生きていたのが奇跡というべきだろう。
 擬音の描写などから、著者の文学的なセンスが伺える。
 ただ、この遠征の計画や準備が本当に本書の通りの経過をたどったのならば、悲劇は起こるべくして起きたようにも思える。12名の予定が7名に減り、そのうち2人は経験の浅い女性隊員、となった段階で相当無理な計画になってしまったのではないだろうか。
 

「単独行者」/谷甲州

 単独行者(アラインゲンガー)新・加藤文太郎伝
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 新・加藤文太郎伝、とあるように、「単独行」の著者である山男の伝記。新田次郎の「孤高の人」とは別の解釈で描いたという(ただし、私は「孤高の人」を未読なので、今の段階で比較はできない)。
 加藤文太郎本人の著作「単独行」とは読み比べてみた。資料はほぼこれしかないのだという。
 この少ない情報から、よく生き生きとした人物像を描いたものだ、と、作家・谷甲州の力量に感嘆した。想像で補ったと思われる、主人公加藤の心の動き、苛立ちなど、実際にそうだったのではないかと思わされる。SF作家だと思ってたけど、幅広い。
 

「辺境メシ」/高野秀行

 辺境メシ ヤバそうだから食べてみた
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 世界各国を旅してきた著者による、ちょっと日本では食べられない料理の数々。
 「口噛み酒」の項では、その起源について著者の見解が示される。

 果実酒は放置しておけばいい。ビールや日本酒も、偶然、麦芽や麹が入ったのを人間が発見するというのは容易に想像できる。でも、大事な食べ物をあれだけ丁寧に噛んでから吐き出し、それを三日も放置しておいたら酒になっていたのを発見した……なんてシナリオは全く想像できない。

 一つ、可能性として考えられるのは、もともと神様か祖先の霊への儀式が先立っていたのではないかということだ。今でも食べ物はちゃんと調理してお供えする。かつては、調理だけでなく、人間が「噛んであげた」ということもあったのではないか。

 もう一歩進んで私見を述べると、「噛んであげる」対象は離乳期の幼子だろう。幼くして亡くなった子供への供物だったのではなかろうか。
 

「NORTH 北へ」/スコット・ジュレク

 NORTH 北へ―アパラチアン・トレイルを踏破して見つけた僕の道
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 ウルトラトレイルランナーの神、スコット・ジュレクによるロングハイキングの記録。
 「ハイキング」っていうとのどかなイメージだが、北米を縦断するトレイルを過去最速で駆け抜けようという、スポーツもしくは冒険である。
 40代になってレースでの限界を感じた著者が、新しいパートナーとともに、新たなチャレンジをしているわけで、「新しい人生観を切り開く」ような意味合いが本人にはあったようだ。これはこれで読み応えのある記録だが、「EAT&RUN 100マイルを走る僕の旅」のほうがジュレクのバックグラウンドが垣間見れて興味深い。そういえば、ダスティはATには参加しなかったのか? なんか寂しいな。
 

「森の回廊」/吉田敏浩

 森の回廊―ビルマ辺境民族開放区の1300日
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 ビルマの少数民族ゲリラとともに、三年半にわたって森を巡った記録。
 従軍記者のような位置付けでありながら、戦闘の描写は少ない。しかし、著者が実際に巻き込まれた戦闘(というか、ビルマ国軍による一方的な爆撃)では、本気の危機一髪、危うく死ぬところという緊迫感。
 ともかく、文化・民俗・自然観察の描写が繊細、精緻で価値のある記録。
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