「弓と禅」/オイゲン・ヘリゲル

 弓と禅
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 1920年代に禅の研究のため来日し、禅へいたる道として弓道を修行したドイツ人哲学者の著。
 師の阿波研造は弓道の精神性を高め、禅に通ずるものとして教えていたらしい。技術的に的に当てるスポーツではないのだ、と。
 ヘリゲルは講演や自著によって、ヨーロッパへ初めて日本的な思想を紹介した人でもあるようだ。
 注や解説が充実しており、なじみのない弓道の「射法八節」の図解も載っている。
 

「異色中国短篇傑作大全」/宮城谷昌光(編)

 異色中国短篇傑作大全
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 日本人小説家による、中国を舞台にした短編集。かなり気に入った。このジャンルもっと読んでみたいな。
 特によかったのは、編者の宮城谷昌光による「指」のほか、

  • 曹操と曹丕/安西篤子
  • 茶王一代記/田中芳樹
  • 汗血馬を見た男/伴野朗
  • 西施と東施/中村隆資

など。
 

「ちいさい言語学者の冒険」/広瀬友紀

 ちいさい言語学者の冒険
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 最近ゆる言語学ラジオにはまっている。子供や外国人が言葉を学んでゆくときに出てくる「間違い」は、その言語の本質を突いていることが多いようだ。
 本書は、子育て中の言語学者が自身の子を観察した、幼児の言動が取り上げられている。微笑ましい。
 

「タリバン復権の真実」/中田考

 タリバン復権の真実
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 2021/8/15首都カブール陥落へと至った、タリバン雌伏の20年間・西欧とアフガニスタン傀儡政権の矛盾に満ちた20年間を読み解く。
 「民主主義」に対するとらえ方が、タリバンと西欧では隔たりがありすぎ、この点での歩み寄りはどちらにも期待できない。互いの主張を尊重して内政干渉せず、移動を望む者は拒まない、というあたりが落としどころか。
 

「ピダハン」/D.L.エヴェレット

 ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観
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 アマゾンの少数民族のもとに、宣教に訪れた著者。生活を共にし、言語を学ぶうちに、彼らの文化に魅了され影響されてゆく。
 言語学界隈ではかなり大きなインパクトのある主張がなされているようだ。
 著者は論文は発表しているものの、一般向けの書籍はこれが初なのだそうだ。
 

「アルゴリズムはどれほど人を支配しているのか?」/デイヴィッド・サンプター

 数学者が検証! アルゴリズムはどれほど人を支配しているのか? あなたを分析し、操作するブラックボックスの真実
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 AIの進化、GAFAによる個人情報収集が問題視されているが、意外とAIは大したことはできていないし、結局のところヒトによる判断が必要で、いわゆる「AIに支配された世界」のようなものはまだまだ遠い、というお話。
 正しく恐れる…というか、正しく理解することが大切。理解する努力は失わないようにしたい。
 

「人は科学が苦手」/三井誠

 ルポ 人は科学が苦手 アメリカ「科学不信」の現場から (光文社新書)
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 イデオロギー的に対立するグループ(科学的・論理的には片方が正)に、関連情報(正解を知るヒント)を与えると、さらに鋭い対立になるらしい。つまり、間違った見解を支持している人は、関連情報をいくら与えても、それを自らの主張の強化に使ってしまうということだ。
 「新しい伝え方を探る」という最終節で、科学者やジャーナリストの様々な試みが紹介されているが、上記の現象が人間の本来の性質なのだとすると、なかなか決定打は出そうにない。
 

「倭の五王」/河内春人

 倭の五王 – 王位継承と五世紀の東アジア (中公新書)
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 聖徳太子よりも前の時代に、讃・珍・済・興・武と名乗る倭の支配者が、あいついで宋へ使者を送っていたという。卑弥呼のことが中国に知られていたくらいだから、もともと交流はあったはずだ。考えてみれば五世紀にも交流があるのは当たり前なのだが、改めて考えてみることがなかったため、全くそんな史実を認識していなかった。
 その五王とは果たして誰(どの天皇)なのか?というのが、日本史分野の未解決問題のようだ。
 本書はこれまでの諸説とは異なり、その考察にあたって中国・朝鮮側の史料を重視し、また当時の東アジアの国際関係を念頭に置いて検討すべきという立場である。まあ国産の記紀はほぼ神話だと思っているので、その態度に私は違和感を持たない。
 日本史の研究者たちは記紀に慣れ親しんでいるがゆえに、そこが思考の出発点になる、という盲点があったのかもしれない。