「ベネズエラ」/坂口安紀

 ベネズエラ-溶解する民主主義、破綻する経済 (中公選書 115)
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 ラテンアメリカ地域研究に携わる著者による、チャベス・マドゥロ両大統領政権下のベネズエラ社会の分析。
 かつては民主主義の優等生と見られていたベネズエラが、チャベス登場以後どのように変わっていったかを追う。
 権威主義、独裁主義、経済の低迷、治安の悪化…。
 それが他国の問題として片づけられないのは、民主的な選挙が実施されている日本でも容易に起こりうる事態だからだ。
 あとがきより抜粋

…(略)21世紀に入ると、世界各地で民主主義に影が差しはじめた。…(略)…政権奪取を狙うクーデターではなく、選挙で国民の負託を受けた政権担当者(大統領)みずからの手によって、民主主義が弱められている。それはベネズエラや南米諸国、途上国に限った話ではなく、米国や先進諸国でも兆候がみられる。日本はどうだろうか。…(略)

 政権選択選挙に投票することは当然のこととして、「選挙で決めた政権だからその政策を支持しなければいけない」というような態度は破滅を招きかねない。国民(有権者)は、いつ何時、どれほど自分勝手な理由であっても、政権に「NO!」といえる権利を擁護し続けなければいけない、と思う。
 

「岳飛伝(十六)戎旌の章」/北方謙三

 岳飛伝 16 戎旌の章
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 物語も終盤となり、とみに老雄の昔語りのようなシーンが多くなった気がする。
 それはさておき、九紋龍史進ともあろう者の戦場での負傷が、あんな軽い描かれ方でいいのか? いや、これは深手ではないということの暗示なのか。
 次巻の楽しみとしよう。
 

「危機と人類」/ジャレド・ダイアモンド

 危機と人類(上) (日本経済新聞出版)
 危機と人類(下) (日本経済新聞出版)
 ○
 人間が個人的な危機に陥った時にどう対処するか?といった心理学的な研究を、国家レベルの危機に適用しようとする試み。日本は明治維新の開国と、現代が取り上げられている。
 個人的な危機を克服する要因といわれているものが12個挙げられている。

  1. 危機に陥っていると認めること
  2. 行動を起こすのは自分であるという責任の受容
  3. 囲いを作り、解決が必要な個人的問題を明確にすること
  4. 他の人々やグループからの、物心両面での支援
  5. 他の人々を問題解決の手本にすること
  6. 自我の強さ
  7. 公正な自己評価
  8. 過去の危機体験
  9. 忍耐力
  10. 性格の柔軟性
  11. 個人の基本的価値観
  12. 個人的な制約がないこと

 国家の危機でも、これらの要因別に分析することで解釈が可能なのではないか、ということだ。例えば、5.は「他国の危機対応に学ぶ」、12.は「地政学的な制約条件がないか」といった具合だ。
 

「自分でわが家を作る本。」/氏家誠悟

 自分でわが家を作る本。
 ○
 在来の軸組工法で、自分で自分の家を建てる、という著者の体験によるマニュアル本。
 ツーバイフォーよりも日本の気候に合っているとか、接ぎ手の加工は意外と簡単、という良い点はあるんだろう。
 ただ、私はそこまで本格的な、家族で住むような家を作る予定はないのだった。小屋で良い。
 

「不道徳な経済学」/ウォルター・ブロック+橘玲

 不道徳な経済学: 転売屋は社会に役立つ (ハヤカワ文庫NF) 
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 リバタリアニズムの論理で、一般に不道徳とされる職業・行為を擁護する。売春婦、麻薬密売人、恐喝者、等々。少なくとも、罰を科すべき物事ではない、と。原著者まえがきには次のように書かれている。

 こうした行為が道徳的だとか適切だとか善行だとか主張しているわけでもないのである。

 自由原理主義の論理に綻びは見られないが、神経を逆なでされるような不快感を持ってしまうのは、私も普通人、常識人だということだろうか。
 内容は、40年以上前の原著「DEFENDING THE UNDEFENDABLE」を現代日本の事例に置き換えて記述した「超訳」である。中には「ツイッタラー」「ホリエモン」まで取り上げられている。
 あまりにも題材が現代的すぎるものは、原著がどうだったのか知りたいところだ。